2025年夏、日本の観光業界に思わぬ逆風が吹きました。発端は漫画家たつき諒さんの「7月5日大災害予言」でしたが、この予言が最も深刻な影響を与えたのは香港と台湾でした。日本人には理解しがたいレベルで、この予言が両地域で「本気で」受け止められ、実際にビジネスに大きな打撃を与えているのです。
今回は、なぜこの予言が香港・台湾でここまで信じられたのか、その文化的背景と実際の経済的被害について詳しく見ていきます。
衝撃的な数字:実際の被害状況
具体的な減便・キャンセル状況
- グレーターベイ航空:香港-仙台線(週4→週3往復)、香港-徳島線(週3→週2往復)に減便
- 香港航空:7月・8月の鹿児島・熊本便を全便欠航
- 航空券予約:前年同期比で50%減、最大83%減を記録
- 免税店:香港人客が最大9割減の店舗も
- 2024年香港からの訪日客:268万人(過去最高)だったが、2025年5月は前年同月比11.2%減
特に注目すべきは、徳島県が県知事肝いりで推進した香港との定期便が、就航からわずか半年で減便に追い込まれたことです。Bloomberg Intelligenceの調査では、香港からの日本行き航空券予約は前年同期比で50%も減少し、7月上旬にかけては最大83%の減少が確認されました。
風水師が「お墨付き」を与えた構造
この予言がここまで香港で拡散された背景には、**現地の著名な風水師たちが相次いで「予言の裏付け」を行った**ことがあります。
香港の風水師たちの発言
- 七仙羽氏:「4月以降、日本に行ってはならない」と呼びかけ(後に「大家可以安心啦!」と修正)
- 李居明氏:「9月に最大の災難が起こる時期に入る」と予言
- 李丞責氏:「2025年は日本にとって山地剥で大地震で大型の高層建築が破壊される」
- 蘇民峰氏:「香港から見て東北に当たる日本、韓国、アラスカは天変地異が起こりやすい」
- 麥玲玲氏:「旧暦7月、日本・北海道での地震、富士山の噴火に警戒」
これらの風水師の発言が現地メディアで連日大きく取り上げられ、たつき諒さんの予言に「科学的権威」ならぬ「風水的権威」が加わったのです。
香港における風水文化の深層
日本人には理解しがたいこの現象を理解するためには、香港における風水の社会的地位を知る必要があります。
政府・企業レベルでの風水活用
香港では、風水は単なる「占い」ではありません。**政府や大企業が建築や重要な意思決定に風水を取り入れるのが当たり前**になっています。
香港の風水建築の例
- HSBC本店ビル:地上階を柱だけの吹き抜けにして「気の流れ」を重視
- 穴開きデザインのマンション:中央に吹き抜けを設けて風水を反映
- ライオン像の配置:風水専門家の長時間の議論を経て現在の位置に設置
- 街全体の設計:香港という都市そのものが風水を基に街づくりされている
日常生活に浸透する風水文化
香港では風水は**3000年近い歴史を持つ学問**として扱われており、決して迷信やおまじないとは考えられていません。色使いから数字の選び方まで、あらゆる場面で風水が考慮されます。
建物の色が赤や黄色の原色を多用しているのも、デザイン性よりも風水的な意味合いが強いのです。赤は「活性化の運気」「ラッキー」を、黄や金は「金運アップ」「事業成功」を意味します。
文化的差異:なぜ日本人は信じないのか
同じ予言に対する反応の違いは、文化的背景の差異を浮き彫りにしています。
香港での現地取材結果
フジテレビ『Mr.サンデー』の現地取材では、香港人28人中25人が「この漫画の予言を知っている」と回答し、そのうち多数が「7月は危ない」として日本旅行をキャンセルまたは時期をずらしたと発言しました。
一方、日本では「非科学的」として一蹴する声が多数を占めています。この差は何から生まれるのでしょうか。
災害に対する文化的アプローチの違い
- 日本:科学的データ、気象庁の発表、統計的根拠を重視
- 香港・台湾:風水、陰陽五行説、伝統的な占術も重要な判断材料
- リスク回避の思考:「当たるかもしれない」なら避けるという予防原則
実体経済への深刻な影響
この文化的な違いが、実際のビジネスに深刻な影響を与えています。
観光業界への具体的打撃
- 免税店:香港人客が激減、9割減の店舗も存在
- 旅行代理店:日本ツアーの問い合わせが大幅減少
- 航空会社:需要減少により相次ぐ減便・欠航を決定
- ホテル業界:夏の繁忙期の予約キャンセルが相次ぐ
- 経済規模:2024年の香港からの旅行消費額は6606億円(全体の約1割)
特に深刻なのは、これが**夏の繁忙期を直撃している**ことです。観光業界にとって最も重要な時期に、根拠のない予言によって客足が遠のく事態となっています。
地方自治体への影響
鳥取県国際観光課の谷本敦課長は「訪日旅行客の入り込みが鈍ってきているという話も承知をしています。実際、鳥取県に向けての香港からの訪日客の動きも、弱含みである」とコメントしており、地方レベルでも影響が確認されています。
当事者たちの反応
現地の声:信じる人、信じない人
一方で、懐疑的な声もあります。
旅行業界の対応
香港の大手旅行会社「縱橫遊WWPKG」の袁振寧代表は「確かに地震の噂で日本ツアーの問い合わせが減少している。一方で、15,000~20,000香港ドルのドバイやトルコなどの長距離ツアーの人気が上昇している」と述べ、**代替旅行先への需要シフト**が起きていることを明かしています。
政府・専門機関の対応
この事態を受けて、日本政府も異例の対応を取っています。
公式機関の対応
- 気象庁長官:「現在の科学的知見では、日時と場所、大きさを特定して地震を予知することは不可能」「デマと考えられる」と明言
- 日本政府観光局:「一部で旅行のキャンセルが出ており、限定的ですが、影響が出ている」と認める
- 宮城県知事:「非科学的な噂で観光に影響が出るのは大きな問題」と強調
気象庁長官が定例会見でわざわざ予言を否定するという、極めて異例の事態となりました。
SNSが加速させた情報拡散
この騒動の拡大には、現代のSNS環境が大きく関与しています。
SNSでの拡散状況
- YouTube動画:「2025年7月」関連の日本語動画1,400本以上、再生回数合計1億回超
- TikTok:関連動画50本以上で合計4,000万回以上再生
- 中国語圏YouTube:220本以上の関連動画が5,200万回以上再生
- 小紅書・Bilibili:中華圏SNSでも大量の関連投稿が拡散
特にシンガポールの陰謀論系ユーチューバーが紹介した動画が**870万回以上再生**されるなど、国境を越えた情報拡散が騒動を加速させました。
長期的な影響と今後の課題
観光業界への教訓
この騒動は、現代の観光業界が直面する新たなリスクを浮き彫りにしました。**科学的根拠のない情報でも、SNSと文化的背景が組み合わさることで実体経済に大きな影響を与える**ことが証明されたのです。
文化的理解の重要性
同時に、インバウンド観光を推進する上で、相手国の文化的背景を理解することの重要性も明らかになりました。日本人には「非科学的」に見える風水も、香港・台湾では立派な判断材料なのです。
まとめ:現代社会の新たな挑戦
7月5日の予言騒動は、グローバル化とSNS時代が生み出した新たな現象です。文化的差異、情報拡散の速度、そして実体経済への影響という複数の要素が複雑に絡み合い、従来では考えられなかった規模の影響を生み出しました。
この出来事から学ぶべきは、**多様な文化的背景を持つ人々が共存する現代社会では、「科学的合理性」だけでは解決できない問題がある**ということです。
観光業界、政府機関、そして私たち一般市民も、こうした新たな課題にどう向き合うべきか、真剣に考える時が来ているのかもしれません。