
「A5和牛」のはずだった。
ところが、警察が明らかにした疑いの内容は衝撃的だった。
鹿児島県指宿市の畜産加工会社「水迫畜産」の元取締役・水迫政輝容疑者(55)が、ふるさと納税の返礼品向けに指定された牛肉よりも低い等級の肉を使用し、約6350万円をだまし取った疑いで再逮捕された。
最も悪質とされるケースでは、A5ランク指定の商品にB2やC1などの牛肉を5割以上混ぜて納品していたと警察はみている。
A5。
B2。
C1。
同じ「牛肉」ではある。
だが、ふるさと納税の寄附者が期待していたのは、当然ながら指定された高級和牛だ。
今回の問題は、単なるラベルの貼り間違いではない。
その前には、黒毛和牛ではない牛肉を「黒毛和牛」と表示した問題、県外産の牛肉を「鹿児島県産」と表示した問題、さらに個体識別番号の不適正表示まで農林水産省が確認している。
牛種、産地、個体識別番号、そして今度は等級。
「何を信じればいいのか」という問題にまで発展している。
10月1日、元取締役を再逮捕
鹿児島県警は2026年10月1日、水迫畜産の元取締役・水迫政輝容疑者を詐欺の疑いで再逮捕した。
再逮捕容疑は2023年秋、指定された等級より低い牛肉を使用して加工した商品9033パックを県内の会社に納品し、約6350万円をだまし取ったというものだ。
警察の調べに対し、水迫容疑者は「黙秘します」と供述しているとされる。
逮捕は有罪判決ではない。今回の等級偽装についても捜査段階の容疑であり、今後の捜査や裁判で事実関係が判断される。
A5指定に「B2・C1」を5割以上混入か
報道によると、最も悪質とされるケースでは、A5ランクの指定があった商品に対し、B2やC1などの低い等級の牛肉を5割以上組み合わせて納品していたという。
しかも水迫容疑者は当時、仕入れ、在庫管理、商品に使用する牛肉の選定などを一人で管理していたとされる。
警察は、低いランクの牛肉を使用することで差額分の利益を得ようとした可能性があるとみて、動機や余罪を調べている。
つまり、問題は「A5の中に少量別ランクが紛れた」というレベルではない。
商品の価値そのものに直結する“等級”が、意図的に置き換えられていた可能性が捜査されている。
そもそもA5とB2・C1は何が違うのか
牛肉の格付けは、「A5」「B2」などアルファベットと数字の組み合わせで表される。
アルファベットのA・B・Cは歩留等級、数字の1〜5は肉質等級を示す。
一般にA5は、歩留等級Aかつ肉質等級5の牛肉で、最高ランクとして広く知られている。
一方、B2やC1は肉質等級が低く、A5とは市場価値や見た目、脂肪交雑などで大きな差が出る。
もちろん「低い等級=食べられない肉」ではない。
問題は、A5として契約され、A5として価値を付けられた商品に、別の等級を使った疑いだ。
9033パック、20回の納品
報道では、等級を偽って納品したとされる回数は2023年秋の数カ月で計20回、9033パックにのぼる。
金額は約6350万円。
これは数パックの表示ミスではない。
もし容疑通りであれば、一定期間にわたって繰り返し納品されていたことになる。
実は“等級”の前に「産地」でも問題が起きていた
今回の再逮捕が衝撃的なのは、これが最初の問題ではないからだ。
水迫容疑者は、ふるさと納税返礼品を提供する事業者に対し、県外産の牛肉を鹿児島県産と偽って販売し、約145万円をだまし取ったとして、すでに食品表示法違反と詐欺の罪で在宅起訴されている。
8月の逮捕時、水迫容疑者は「確認不足が原因で、意図して偽装したわけではない」という趣旨で容疑を否認していたと報じられている。
ところがその後、警察の捜査で新たに浮上したのが「等級」の問題だった。
農水省は「黒毛和牛」「鹿児島県産」「個体識別番号」の問題も確認
農林水産省は2026年3月10日、水迫畜産に対して食品表示法と牛トレーサビリティ法に基づく指示・勧告を出している。
確認された不適正表示は、牛種、産地、個体識別番号に及んだ。
「黒毛和牛」と表示しながら黒毛和種以外の原料牛肉を使用した商品。
「鹿児島県産」と表示しながら宮崎県産や沖縄県産を含む商品。
複数の異なる牛の肉を使いながら、一つだけの個体識別番号を表示した商品。
つまり今回の「等級疑惑」以前から、表示の根幹に関わる問題が行政によって確認されていた。
指宿市だけで3784件
指宿市が調査した結果、不適正表示があった返礼品は3784件、関連する寄付額は4873万円と公表されている。
さらに水迫畜産の商品は、指宿市以外の自治体でも返礼品として扱われていた。
一社の表示問題が、複数自治体と多数の寄附者へ波及した。
なぜ自治体は気づけなかったのか
ふるさと納税は自治体の名前で募集される。
それなら自治体は返礼品の中身をすべて確認しているのではないか。
実際には、自治体職員が大量の返礼品を一件一件解体し、DNA検査や産地確認をすることは現実的ではない。
自治体は返礼品提供事業者から提出された情報や証明書類をもとに審査する。
つまり制度は、ある程度、事業者が正しい情報を申告していることを前提として成り立っている。
ここが弱点にもなる。
書類上ではA5。
商品ページでもA5。
納品書でもA5。
その状態で加工現場だけ別の肉を使用していたとすれば、通常の書類審査だけで見抜くのは難しい。
「A5=絶対においしい」ではない
A5ランクとは「味の順位」そのものではない。
A〜Cは歩留まり。1〜5は脂肪交雑、肉の色沢、締まり、きめなどによる肉質等級。
A5だからすべての人にとって一番おいしい、B2だからおいしくない、という意味ではない。
今回の問題は、B2やC1の品質を貶める話ではない。
A5だと約束して代金を受け取った商品に、別の等級を使用した疑いがあること。
そこが本質だ。
「産地」「牛種」「等級」の三重問題
整理すると、水迫畜産をめぐる問題は少なくとも三つの軸に広がった。
牛種。
産地。
等級。
さらに個体識別番号。
これらがすべて同じ事業者をめぐって表面化した。
だから今回の再逮捕は、単なる「新しい不祥事が一つ追加された」という意味ではない。
これまで行政上確認されていた不適正表示問題が、刑事事件としてさらに深掘りされている。
ふるさと納税の最大の弱点は「見えないこと」
寄附者が返礼品を選ぶとき、実物を見ることはできない。
Webサイトの写真。
商品名。
説明文。
レビュー。
自治体名。
そこから判断する。
「鹿児島県産A5黒毛和牛」と書かれていれば、消費者はその表示を信じるしかない。
届いた肉を見て、それが本当にA5なのか、鹿児島県産なのか、黒毛和種なのか、一般の消費者が判別するのはほぼ不可能だ。
だからこそ食品表示には強い信頼性が求められる。
一社の問題で済ませていいのか
もちろん、今回確認された不適正表示は水迫畜産の問題だ。
他のふるさと納税返礼品まで疑う根拠はない。
しかし制度として考えるべき問いは残る。
自治体はどこまで返礼品事業者を監査するのか。
牛肉のような高額商品について、定期的な抜き打ち検査は必要ないのか。
産地証明、個体識別番号、等級証明をデジタルで照合できないのか。
大量の返礼品を扱う事業者ほど監査頻度を高める必要はないのか。
A5という二文字を、誰が保証するのか
「A5」。
たった二文字だ。
だが、その二文字が付くだけで商品の価値は大きく変わる。
寄付額も変わる。
消費者の期待も変わる。
だからこそ、その二文字には裏付けが必要だ。
今回、鹿児島県警が再逮捕した事件で問われているのは、単に牛肉のランクではない。
ふるさと納税という巨大市場で、表示を誰が保証するのか。
そこまで突きつける事件になっている。
最高ランクのA5を期待して届いた箱。
もしその中身の半分以上が、契約とは異なる牛肉だったとすれば。
寄附者が失ったのは、数千円、数万円の商品価値だけではない。
「自治体が扱っている返礼品なら安心だろう」という信頼そのものだ。