
「立ち退きを拒むなら燃やしてしまえ」。まるで昭和のヤクザ映画のようなセリフが、令和の東京、それも都内屈指の人気を誇る街・武蔵小山で現実のものとなった。きらびやかなタワーマンションが立ち並び、多くの人々が憧れるこの街の裏側で、人々の平穏な暮らしを焼き尽くすかのような凶行が静かに計画、実行されていたのだ。逮捕されたのは、港区に本社を構える不動産会社「株式会社D・R・M」の社員ら。総資産178億円、名だたる大手企業を取引先に持つこの「超優良企業」が、なぜガソリンを撒き、人の命を危険に晒すという暴挙に出たのか。その背景を探ると、華々しい企業イメージの裏に隠された、底知れぬ闇と狂気が浮かび上がってきた。
武蔵小山を震撼させた「地上げ放火」その戦慄の手口
事件の舞台となったのは、東急目黒線・武蔵小山駅からわずか徒歩5分という、誰もが羨む好立地。近年、駅周辺の再開発は急速に進み、地価は10年で2倍に跳ね上がったとも言われる。そんな活況の裏で、事件は起きた。捜査関係者によると、逮捕されたのはD・R・M社の「地上げ」担当、内藤寛己容疑者(31)と、彼が手配した20代から30代の男5人。彼らは、マンション建設計画のために立ち退きを求めていたものの、これに応じなかった一軒家の住民を脅すため、前代未聞の凶行に及んだ。
その手口は、まさに狂気の沙汰としか言いようがない。2025年10月、彼らはまずターゲットの住宅の外壁に火をつけようと試みる。しかし、これだけでは飽き足らなかったのか、翌11月にはさらにエスカレート。隣接するアパートの、人が住んでいない部屋に忍び込み、ガソリンを撒いて放火したのだ。一歩間違えれば、木造住宅が密集する地域一帯を巻き込む大惨事になりかねない、極めて悪質かつ計画的な犯行である。近隣住民は「夜中にサイレンの音で目が覚めた。まさか放火だなんて」「地上げ屋にやられたんじゃないかという噂はあったが、本当に現実になるなんて」と恐怖を語る。逮捕された実行役の男は「100万円の報酬を受け取った」と供述しており、金で雇われたチンピラが、何の罪もない住民の命を危険に晒したという事実が、事件の非情さを物語っている。
総資産178億円の優良企業はなぜ悪魔に身を売ったのか?
これほど常軌を逸した事件を起こすからには、さぞかし経営が傾き、資金繰りに窮した悪徳業者の仕業だろう。誰もがそう考えるはずだ。しかし、D・R・M社の実態は、その想像とはかけ離れたものだった。同社の決算公告を確認すると、従業員わずか28名にして、純利益は約4億1,200万円(2024年12月期)、利益剰余金(内部留保)は45億円超、そして総資産は178億円にものぼる。取引先には三井不動産や三菱地所といった、日本を代表するメガデベロッパーが名を連ねる、紛れもない「超優良企業」なのだ。
金に困っているわけではない。むしろ、あり余るほどの資金力と社会的信用を手にしている。それなのになぜ、会社の屋台骨を揺るがしかねないハイリスクな凶行に手を染めたのか。その謎を解く鍵は、同社の歪んだ企業体質と、社員を狂わせる異常な環境にあったのかもしれない。
年収1000万求人の裏で行われた「狂気のOJT」
D・R・M社が過去に転職サイトに出していた求人情報には、夢のような言葉が並ぶ。「未経験者歓迎」「初年度年収例392万~1000万円」。不動産業界で一攫千金を夢見る若者にとって、これほど魅力的な誘い文句はないだろう。しかし、その甘い言葉の裏には、若者を犯罪者へと堕とすための巧妙な罠が隠されていた。「先輩からのOJTを通じて、ゆくゆくは全行程をお任せいたします」。この「OJT(On-the-Job Training)」こそが、ごく普通の若者を「地上げのためなら放火も厭わない」狂気の実行犯へと変貌させた元凶だったのだ。
「数字が上がらないなら、死ぬ気で案件をまとめてこい」。上層部からの逃げ場のない強烈なプレッシャーが、社内には蔓延していたのではないか。逮捕された内藤容疑者も、かつては夢を抱いてこの会社の門を叩いた若者の一人だったのかもしれない。しかし、結果を出すためには手段を選ばないという歪んだ企業文化の中で、彼の良心は麻痺し、ついには一線を越えてしまった。これは単なる個人の暴走ではない。企業ぐるみで行われた、組織的な犯罪と見るべきだろう。
「3つの福」を掲げる偽善者たちへの鉄槌
さらに驚くべきは、D・R・M社が掲げるその崇高すぎる企業理念だ。同社のウェブサイトには、住谷代表の言葉として「建物を壊し再生するだけではなく、その建物を中心として街や人々が幸せになるためには、どうしたら最適なのかを創造し、そして再生すること」と記されている。そして、社想として「惜福」「分福」「植福」という「3つの福」を掲げているのだ。
人々が幸せになるための「福」を植えるはずの企業が、現実に住民の家に植え付けたのは「ガソリンと炎」だった。「分福」とは、実行役のチンピラに放火の報酬を分け与えることだったのか。この偽善に満ちた言葉の羅列は、今となっては空々しく響くだけだ。街を「創生」するはずのプロ集団が引き起こした、前代未聞の放火地上げ事件。D・R・M社が長年かけて築き上げてきた178億円の資産と社会的信用は、自らが撒いた炎によって、今まさに灰燼に帰そうとしている。法の裁きはもちろんのこと、社会からの厳しい鉄槌が下されるのは、もはや時間の問題だろう。