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モーリー・ロバートソン氏死去、63歳で食道がん、東大ハーバード同時合格の天才ジャーナリスト

モーリー・ロバートソン

国際ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、ミュージシャンとして多方面で活躍したモーリー・ロバートソンさんが2026年1月29日午前0時56分、食道がんのため死去したことが2月1日に公式SNSで発表されました。63歳という若さでの突然の訃報に、多くのファンや関係者から悲しみの声が上がっています。

突然の訃報に衝撃広がる

モーリー・ロバートソンさんの訃報は、パートナーである女優の池田有希子さんと「オフィスモーリー スタッフ一同」の名義で公式SNSを通じて発表されました。発表によると、モーリーさんはかねてより食道がんで療養中でしたが、1月29日午前0時56分に63歳で永眠したとのことです。

葬儀は故人の生前の遺志により近親者のみで執り行われ、香典・供物・供花等は辞退されています。事後報告となったことについて、関係者は深く謝罪の意を表しています。

「モーリー・ロバートソン儀 かねてより食道癌療養中でございましたが去る一月二十九日 午前〇〇時五十六分 六十三歳にて永眠致しましたことを謹んで御報告申し上げます」

パートナーの池田有希子さんは、正月に撮影した2ショット写真を最後にSNSに投稿しており、その時は元気な様子を見せていただけに、突然の訃報に多くの人が衝撃を受けています。

東大とハーバード大学に同時合格した天才

モーリー・ロバートソンさんは1963年1月12日、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨークで生まれました。父はスコットランド系アメリカ人の心臓専門医、母は毎日新聞社記者の日本人という国際的な家庭環境で育ちました。

幼少期はサンフランシスコで過ごしましたが、1968年に父の転勤で広島市に移住。父は原爆傷害調査委員会(ABCC)で原爆患者の調査に従事していました。広島市のインターナショナルスクールで学んだ後、小学校5年生の2学期から公立小学校に転校。外国人として「帰れ」コールを浴びるなど、厳しい経験もしましたが、自然と広島弁をマスターし、完全に「広島っ子」となりました。

年代 出来事
1963年 ニューヨークで出生
1968年 広島市に移住
1975年 私立修道中学校に入学
1978年 富山県立高岡高等学校に編入
1981年 東京大学とハーバード大学に同時合格
1988年 ハーバード大学卒業

中学時代は私立修道中学校にトップクラスの成績で入学しましたが、父の転勤で米国に転居。その後、母の実家がある富山県高岡市に移住し、富山県立高岡高等学校に編入しました。この頃、パンクバンドを組んでライブ活動を行い、「音楽の世界で生きていく」という決意を固めました。

そして1981年、モーリーさんは日本の教育史に残る快挙を成し遂げます。東京大学理科一類とハーバード大学に同時合格したのです。日本語で受験したアメリカ人としては初の東大合格者となり、さらにMIT、スタンフォード大学、イェール大学、カリフォルニア大学バークレー校、プリンストン大学にも合格するという驚異的な成績を収めました。

しかし、東大には4ヶ月で中退。「燃え尽きていた」仲間たちやキャンパスの雰囲気に失望し、ハーバード大学で学ぶことを決意します。ハーバードでは電子音楽とアニメーションを専攻し、1988年に卒業しました。

ラジオパーソナリティとして若者文化を牽引

モーリーさんのキャリアの中で特に印象的だったのが、ラジオパーソナリティとしての活躍です。1991年から1997年まで、J-WAVEの深夜番組「Across The View」のパーソナリティを務め、若者たちから絶大な支持を集めました。

その後も「NOMAD CITY〜The モーリー・ロバートソン計画〜」「Jam the WORLD」「Early Morley Bird」など、数々のラジオ番組でナビゲーターを務めました。2012年からは、m-floの☆Taku Takahashiが主催するインターネット放送局block.fmで「Morley Robertson Show」を生放送。毎週木曜21:00-22:30に放送され、トークとDJを中心に最新のクラブミュージックも紹介していました。

2005年以降はポッドキャストのパイオニアとしても活動し、ネットメディアの開拓にも貢献しました。

テレビでも多彩な活躍

ラジオだけでなく、テレビでもモーリーさんは多彩な活躍を見せました。2015年からはNHK総合「所さん!大変ですよ」、2017年から2023年までは日本テレビ「スッキリ」で木曜コメンテーターを務めるなど、レギュラー番組に多数出演。鋭く優しい語り口で、国際情勢や社会問題について分かりやすく解説し、幅広い世代から支持を集めました。

俳優としても活躍し、2021年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」ではマシュー・ペリー役を演じ、話題となりました。その他にも「二つの祖国」「日本沈没-希望のひと-」「ゴールデンカムイ」など、多くのドラマや映画に出演しました。

  • 所さん!大変ですよ(NHK総合)- コメンテーター
  • スッキリ(日本テレビ)- 木曜コメンテーター
  • 教えて!ニュースライブ 正義のミカタ(朝日放送テレビ)- 隔週コメンテーター
  • 報道ランナー(関西テレビ)- 月曜コメンテーター
  • マエストロたちの晩餐会(NHK BS4K/BSプレミアム)- MC

ミュージシャン・DJとしての顔

モーリーさんは18歳でミュージシャンとしてデビューし、ダブステップ、ドラムンベース、電子音楽、パンク・ロックなど幅広いジャンルを手がけました。現代音楽やモジュラー・シンセサイザーの専門家としても知られ、著名使用楽器はSerge synthesizerでした。

クラブDJとしても活動し、「Block Party」などのイベントでメーンフロアに出演。音楽を通じて若者文化に大きな影響を与え続けました。

国際ジャーナリストとして日米の架け橋に

モーリーさんの最も重要な役割の一つが、国際ジャーナリストとしての活動でした。日米双方の教育を受け、両国の文化を深く理解していたモーリーさんは、日米の架け橋的存在として多数の情報ニュース番組に起用されました。

2007年には「tibetronica(チベトロニカ)」プロジェクトで総指揮を務め、チベット自治区や新疆ウイグル自治区への取材旅行を実施。現地から送られた映像や音声をビデオポッドキャストやインターネットラジオで配信し、国際問題への関心を高めました。

また、NHKスペシャル「新・幕末史 グローバル・ヒストリー」ではハリー・パークス役を演じ、歴史ドキュメンタリーにも出演しました。

著書で社会に問題提起

モーリーさんは作家としても活躍し、多くの著書を残しました。在学中に書いた自叙伝「よくひとりぼっちだった」(1984年、文藝春秋)はベストセラーとなり、若者たちに大きな影響を与えました。

その後も「挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け」(集英社)、「『悪くあれ!』窒息ニッポン、自由に生きる思考法」(2017年、スモール出版)など、挑発的で自由な思考法を提唱する著書を発表。最新著書「日本、ヤバい。『いいね』と『コスパ』を捨てる新しい生き方のススメ」(2024年10月、文藝春秋)は、現代社会の問題点を鋭く指摘し、新しい生き方を提案する内容で注目を集めました。

著書名 出版年 出版社
よくひとりぼっちだった 1984年 文藝春秋
挑発的ニッポン革命論 - 集英社
「悪くあれ!」窒息ニッポン、自由に生きる思考法 2017年 スモール出版
日本、ヤバい。「いいね」と「コスパ」を捨てる新しい生き方のススメ 2024年 文藝春秋

広島と富山への深い愛着

モーリーさんは広島市で育ち、広島弁を流暢に話すことができました。原爆の歴史にも深い関心を持ち、被爆地・広島への思いを度々語っていました。

また、富山県高岡市で高校時代を過ごしたモーリーさんは、富山県氷見市特産のブリが好物で、2018年には氷見市の観光親善大使「氷見市きときと魚大使」に就任。富山への愛着も深く、「富山いかがdeSHOW」(富山テレビ)や「ワンエフ」(北日本放送)などの地元番組にも出演していました。

多様性と自由を体現した人生

モーリー・ロバートソンさんの人生は、まさに多様性と自由を体現したものでした。日米双方の文化的背景を持ち、ミュージシャン、DJ、ラジオパーソナリティ、テレビコメンテーター、国際ジャーナリスト、作家、俳優と、あらゆる分野で活躍しました。

左利きで、矢沢永吉の大ファンだったモーリーさん。「アメリカより日本に住んでいた方がいい」と主張し、日本を愛し続けました。知的で挑発的、そして自由な思考法を持ち、常に新しいことに挑戦し続けた姿は、多くの人々に勇気と希望を与えました。

関係者からの追悼の声

モーリーさんの突然の訃報に、多くの関係者から追悼の声が寄せられています。テレビやラジオで共演した仲間たち、音楽仲間、そしてファンたちが、それぞれの思い出を語り、モーリーさんの功績を称えています。

パートナーの池田有希子さんは、「心張り裂けそう」とコメントし、深い悲しみを表しています。2人は事実婚の関係にあり、正月に撮影した2ショット写真が最後の思い出となりました。

食道がんとは

モーリーさんの死因となった食道がんは、食道の粘膜から発生する悪性腫瘍です。初期には自覚症状がほとんどなく、早期発見が困難ながんの一つとされています。進行すると、食べ物を飲み込む際の違和感や痛み、体重減少などの症状が現れます。

再発率が高く、治療が難しいがんとしても知られています。タレントの石橋貴明さんも食道がんを公表しており、近年注目されている病気の一つです。

63年の軌跡を振り返って

モーリー・ロバートソンさんの63年の人生は、まさに波乱万丈でした。ニューヨークで生まれ、広島で育ち、富山で青春時代を過ごし、東大とハーバード大学に同時合格という快挙を成し遂げました。

ミュージシャンとしてデビューし、ラジオパーソナリティとして若者文化を牽引し、テレビコメンテーターとして国際情勢を分かりやすく解説し、国際ジャーナリストとして日米の架け橋となり、作家として社会に問題提起を続けました。

1981年から2026年まで、45年間にわたる活動の中で、モーリーさんは常に時代の最先端を走り続けました。ポッドキャストのパイオニアとして、インターネットメディアの可能性を切り開き、多様性と自由を体現した生き方で、多くの人々に影響を与えました。

モーリー・ロバートソンさんの突然の死は、日本のメディア界、音楽界、そして社会全体にとって大きな損失です。しかし、彼が残した数々の業績、著書、そして「自由に生きる」というメッセージは、これからも多くの人々の心に生き続けるでしょう。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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